400年前の人類愛を記念する
メキシコ音楽祭2009を開催にあたって
企画・音楽総監督 黒沼ユリ子 |
1609年9月台風でメキシコの帆船が座礁。暗黒の海に放り出された乗組員たちは千葉県御宿の漁師や海女たちの懸命な救助により317名もが命拾いをしました。これほど素晴らしい人類愛の歴史が一体どこにあったでしょうか。救急車や携帯電話どころか、松明と焚き火の灯りしかなかった時代に。この時がメキシコ人と日本人が初めて出会った日として記録されており、今年がそれから400年にあたるのです。この歴史的美談への「恩返し」の気持ちで昨年、メキシコの歌手たちはオペラ「夕鶴」を完璧な日本語で上演。「つう」と「与ひょう」役で日本の聴衆を魅了し、感動させたソプラノのバスケスとテノールのルスが、今回はポンセの心に響く歌曲集や世界的に愛されているメキシコの有名な歌の数々を独唱やデュエットで披露します。
また1985年の初来日以来、これまで4回の「日本メキシコ友好コンサート」ツアーを重ねてきた「アカデミア・ユリコ・クロヌマA.C.」の訪日グループの生徒たちの中からは、その後アメリカやヨーロッパでの研鑽を経てプロフェッショナルなヴァイオリニストが誕生。今やメキシコはもとより世界各地で活躍しています。今回はその中から4人がアカデミアの元教師や現教師たちと2年前に創立した弦楽アンサンブル「ソリスタス・メヒコ・ハポン」として来日します。まだ、あどけない表情の少年たちが一生懸命に演奏した時に頂いた、日本各地での暖かい拍手が忘れられず、ついに人生をヴァイオリンに賭けてしまった子供たちの20年後の姿は、文字どうり日本とメキシコを音楽で結ぶ架け橋のシンボルといえるでしょう。「ソリスタス・メヒコ・ハポン」は1980年に「アカデミア・ユリコ・クロヌマ」が産声を上げた時から、私が夢に見ていた弦楽合奏団なのです。独奏するアドリアン・ユストゥスはすでにカーネギーホールやウイグモアホールでのリサイタルをはじめロンドン・シンフォニーとレコーディングもしている今日のメキシコが誇る代表的なヴァイオリニストに成長しています。
「この国での最大の難題は、音楽嫌いな人を見つけ出すこと」と言われているメキシコからは、星の数ほど沢山の美しいメロディーが生まれています。「えっ、この歌も?」と驚かれるほど世界的な歌がたくさんあります。シナトラやプレスリーなどによって歌われ有名になった歌がアメリカ製ではなく実はメキシコで生まれた歌であったことをこのコンサートで初めて知る方もあるでしょう。メキシコ人たちにとって歌のない人生などあり得ません。幸せな時、悲しい時、悩める時、常に歌が彼らを救ってくれることを知っているからです。ドミンゴもバルガスもビヤソンもみんな世界的なオペラ歌手でありながら、メキシコのポピュラーソングをレコーディングしています。メキシコにはクラシックとポピュラー音楽の間に壁など存在しません。「いい音楽はいい」のです。それがメキシコなのです。
400年前にメキシコ人を救出して下さった御宿の村人にもメキシコの美しい歌を聴かせてあげることが出来たら、と想いながら、この音楽祭を彼らに捧げます。
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